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過疎地の小児科医が診察室を飛び出し、アプリ啓発を始めた理由とは

子どもが病気やケガをした時、すぐに相談する相手が思い浮かびますか?

慣れないことばかりで、不安になってしまうことも多い子育て。「こんな症状が出たけど病院へ行った方がいいのかな?」「熱中症にはどんな対策をとったらいいの?」など、相談しようにもどうすればいいかわからない…。心細いとき、すぐに役立つ情報を得ることができたらいいですよね。

今回は、そんな子育ての不安を軽減すべく「教えて!ドクタープロジェクト」を立ち上げた佐久医療センター小児科医長の坂本昌彦さんにインタビュー。坂本さんは、子どもの病気や事故予防の情報発信をおこなっており、数年前には「子どもは静かに溺れる」という子どもの溺水への注意喚起をしたツイートをして話題になったことがあります。

私たち海のそなえ事務局も子どもの海辺の安全を守るために、日々情報発信をおこなっています。同じ「子どもの命を守る」という想いを持つ活動家として、坂本さんがどのように活動に取り組まれているのか。また、どのように工夫して情報発信をおこなっているのかを学ぶべく、いろいろなお話を聞かせていただきました。

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(プロフィール)
坂本昌彦さん
2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急。日本小児科学会小児救急委員、健やか親子21委員。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約20万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞を受賞。読売新聞医療コラム「ヨミドクター」、バズフィード等で啓発記事の執筆も行っている。「教えて!ドクター」WEBサイト(https://oshiete-dr.net/

医療過疎地で、より多くの人の役に立ちたいと始めた出前講座

―“教えて!ドクター”を立ち上げた経緯を教えてください。

坂本:
私が医者を目指した原点は「アジアで小児科医として働きたい」でした。大学卒業後、愛知県の病院で小児科医として働いていましたが、元々の夢を叶えたいと思い、7年目に病院をやめ、海外の大学で熱帯医学の勉強をする準備をしていました。

しかしいざ行こうと思った矢先、2011年の3月に東日本大震災が起きました。「海外へ行っている場合ではない」と思い、受け入れ先の大学に入学を1年延期する許可をもらって、福島の南会津病院に赴任し、1年間限定で働くことになりました。

南会津地方は、新潟と福島の県境近くの山あいにあり、冬は1m以上の積雪がある豪雪地帯です。赴任した病院にいる医師は内科と外科合わせて12人。しかし診療エリアは神奈川県くらいの広さをカバーしています。それまで名古屋という都市圏で生活していた自分にとって衝撃でした。

そんな職場で働いていたある冬の当直中、午前1時頃に熱を出した10ヶ月の赤ちゃんを連れたお母さんが診察に来ました。聞けば、診察のために雪道の中片道1時間以上かけてやって来たといいます。赤ちゃんは元気で、診察はわずか数分。行き帰りの道中の方が遙かに危険な状況でした。もしお母さんが正確な受診の目安を知っていれば、真夜中の雪道の中車で病院に来る必要はなかったでしょう。

こうした現実を目の当たりにし、診察室で僕たちが話していても限界があると思い、院長に相談して約2週間後に出前講座を始めました。これが、「教えてドクター!」の原型です。

周辺に保育園が13園あるので、保育参観などの際に出向いて保護者向けに作った冊子を渡したり、話をするようにしました。患者さんを診察室で待つだけでなく、こちらから出向くことも大切だと思ったからです。

―1時間半もかけないと子どもの病気について知ることができない環境から、先生がきて話をしてくれる環境に変わり、だいぶお母さんたちの気持ちも違うでしょうね。どんなことを話されたのでしょうか。

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坂本:
発熱してもすぐに病院に行く必要はなくて、脳炎など注意が必要な病気のサインを伝え、病院を受診する目安や家庭でのホームケア、予防接種などごく一般的なことをお話しています。

お母さんたちは、症状のことをインターネットで調べてもよくわからないし余計に不安になることも多く、病院に行っても近くの内科の先生の説明ではしっくりこない…という悩みがあったそうで、「子どもたちの保育園に来て出前講座してくれたのは先生が初めて!」と大変喜ばれました。

1年後、後任の先生が着任したため僕はアジアに出ましたが、当時作成した冊子の改訂は続けてくださっているようです。

アプリ開発や出前講座…正確な情報がより遠くまで伝わるための工夫

―海外へ出て、その後日本に戻られて現在の佐久市に拠点を移されたそうですね。

坂本:
2年後の2014年に日本に戻り、都会ではなく田舎で働きたいと思って長野に拠点を決めました。佐久の病院で働き始めてから、やはり福島の出前講座のようなニーズはこちらにもあることを感じ始めていたので、早速部長に提案しました。

ですが前職の福島の南会津とは違って自治体規模も大きかったため調整がむずかしく、提案は宙ぶらりんな状態が続いていました。

そんな中、第1期の地方創生事業が始まり、2015年には国から佐久市へ、子育て支援の助成金が給付されました。子育てにとても理解のある市長だったので、医師会がその資金を活用できるという話をいただいて、宙ぶらりんだった僕の提案に声がかかったんです。

せっかく事業として行えるのであれば、配布する冊子も体裁をしっかりさせたいと考え、イラストデザイナーの江村さんにお願いして一緒に作ってもらいました。プロとしての腕はもちろんですが、江村さんご自身も当時小さなお子さんのママ。保護者ならではの困りごとなど、子育ての中で感じる疑問がたくさんあったそうで、結果的に江村さんのイラストデザインはぴったりハマり、満足のいくものを作ることができました。

制作を進める過程で様々なクリエイターが集まってチームができていました。そのころ佐久医師会からデジタル化の依頼がありました。チーム内で検討し、ウェブデザイナーの半田さんの提案で、より使い勝手がよく、多くの人の手に届きやすいアプリ開発を始めることになりました。2017年からは子育て世代に伝わりやすいツールであるSNSによる啓発もスタートさせました。

―現在は、どのような活動をされているのでしょうか。

坂本:
3年に1回は、園医を務められている開業医の先生方と協力しながら、佐久市内にある30の保育園すべてをまわって出前講座をしています。それ以外にも子育て広場のような場所などでも定期的にお話をしています。新型コロナウイルス感染症以降は対面の出前講座が難しくなったため、オンラインでの出前講座に切り替えています。また佐久病院の広報課と協力して、YouTubeチャンネルを作り、動画配信も行っています。

講座内容も最初は発熱、嘔吐等のお話が中心でしたが、その後食物アレルギーの話や、さらに「溺れる時は静か」や誤飲の話など事故予防の話もするようになりました。今年に入ってからは、新型コロナウイルス感染症をきっかけにネット上で不正確な情報がたくさん出回っている現状を踏まえて、正確な医療情報を見分けるコツなども伝えるようにしています。

―「静かに溺れる」を拝見しましたが、絵などもとてもわかりやすく、多くの方があのイラストを見て学んだと思います。

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坂本:
あのイラストがメディアで使われる際、“だから、目を離さないように”というメッセージが添えられることが多いのですが、私達の意図は少し異なります。子育ては24時間365日です。常に目を離さないってむずかしいですよね。どうしても目を離すことはあります。でもそれですぐに事故に繋がらない対策が必要です。

子どもは静かに溺れるというのを私達が伝える本意は、“目を離さないように”と強調することではなく、「静かに溺れる」事実があることをまずは知り、その上でどんな予防ができるのか考えましょう、ということです。

事故防止のために保護者にできる工夫とは何でしょうか。保護者の知らないうちにお風呂に近づかないために柵を設けたり扉にロックをかけること、防災用に浴槽に水を貯めるのは子育て世帯では行わないこと、入浴時はできる限り複数の人が関わる、等が根拠のある予防方法として推奨されています。
「漠然とした注意喚起ではなく、具体的な事故防止の方法」を伝えることが大事だと思っています。

特に初めての子育てのときは、子どものことはわからないことばかりです。少子化が進む現代では、中高生の時に小さな子どもの世話をすることも少なく、親になって初めて子どもと関わる方も多いためです。

病院でお子さんを出産すると、退院時に小児科診察があります。何か退院に際して心配なことはありますかと聞くと、初産の方でも、その多くは「特にありません」と答えます。最初は気にならなかったのですが、途中から「特にない」のではなくて「わからないんだ」と気づきました。子どもと一緒の生活が想像がつかないのですね。退院してから、分からないこと、不安なことがたくさん出てきます。
だから今は、「特にありません」と言われても、最初の1か月で多くの保護者が心配すること(乳児湿疹や吐乳など)を簡単にお伝えすることにしています。

余裕のない中で子育てが始まり、まわりには頼れる人もいない、何かあるとお母さんのせいにされるという、とても厳しい状況にお母さんたちはいます。そんな中で事故が起きた時に「目を離していたでしょう!」と感情的に責めても、次の事故を防ぐことはできません。事故予防のためには、根拠に基づいた具体的な提案を発信することが大事だと思っています。

保護者に医療情報を伝える際、注意しないと「正しさを押しつける」圧の強い伝え方になりがちです。でも、本当に伝わる啓発になるためには、彼ら自身が「ちょっと見てみようかな」と思えることが大事です。北風と太陽のようなものです。また、内容はもちろんですが、固い文章だけでなくイラストやマンガ、PDFデータよりもアプリの活用、そういった点でも工夫を重ねていきたいと思います。

―情報を伝えるときに、特に親御さんに強調してお伝えしていることはありますか。

坂本:
出前講座で啓発をする時には、「私が医者だからというだけで信頼しないでね」とお伝えしています。

医者も人間ですので、場合によっては間違った内容を発信してしまうかもしれません。特定の人しかフォローしていないと、その間違いに気づくことができないかも知れません。だから、ネット上で医療者をフォローする場合にはなるべく多くの医療者をフォローしてほしいと思います。また医療者自身も、間違いに気づいたときにはそれを素直に認め、修正する勇気を忘れてはいけないと思います。

子どもを通して広い世代を啓発したい。

―今後取り組んでみたい、広げてみたいと思っていらっしゃることはありますか。

坂本:
関心があるのは、子ども向けの啓発です。8月にこども科学館で感染症のお話を予定しています。子ども向けに「感染症って何?」をテーマにお話をする予定です。

何故大人向けではなく子ども向けなのか。それは、子ども向けの啓発は、世代を超えて広がる可能性があるからです。子どもは習ったことを家で親や祖父母に話します。子どもが一生懸命伝えようとすることに、大人は耳を傾けます。その中には「大人も意外に知らないこと」
もあります。また、子ども向けにかみ砕いた簡単な内容は大人にとっても理解しやすいですね。子どもの啓発は奥が深いです。

―自分に起きていない“予防”のことは、それ自体が広がりづらい特性も持っていると思います。広げるために、先生が行われている工夫や心がけを教えて下さい。

坂本:
ワクチンについては不確かな情報が拡散することも少なくありません。医療者は客観的な情報を丁寧に置いていく必要があります。しかし「こんな病気に感染するかも」等と伝えるだけでは限界があります。ワクチンの中には接種がまだまだ進まないものもあります。これらのワクチンを接種しようと決めるきっかけは、「まわりがやっているからやり始める」方が多いというアンケート結果があります。日本人らしいですね。
だから、「私も接種しました」という体験談を紹介するのも効果的だと思っています。

***

「大事なことをどうやって多くの人に伝えていくか」。これは、海のそなえ事務局が常にもっている課題でもあります。坂本先生のお話を聞いて、子どもの命を守ることや守るための方法を伝えていくことの大切さに、改めて向き合うことができました。

今回のインタビューで教えていただいたことをヒントに、私たち海のそなえ事務局も日々の発信を積み重ね、やがて大きな広がりへとつながるようにこれからも活動を続けていきたいと思います。

『こどもは静かに溺れます』
https://oshiete-dr.net/2017/09/28/obore/
「教えて!ドクター」スマートフォン用アプリ
https://oshiete-dr.net/apri/




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